パンデミックのグローバル史研究文献紹介2:


Guido Alfani (Translated by Christine Calvert), Calamities and the Economy in Renaissance Italy: The Grand Tour of the Horsemen of the Apocalypse, New York: Palgrave Macmillan, 2013(原著, 2010.


本書の対象となる時代は「長い16世紀」のイタリアである。より正確には、1494年のシャルル8世のイタリア侵攻から1629年までの時代で、1629年は、14世紀の黒死病以降、最悪の被害をイタリアに与えることになるペストが登場する前夜である。地域はイタリアであるが、詳細な分析はとりわけ北イタリアに限定されている。著者の関心は、「長い16世紀」にイタリアを襲った戦争、飢饉、疫病(複数形のCalamity)が、経済や人口(移動)に与えた影響を考察することにある。

 本書の特徴の一つは、資料収集の過程で作成されたデータベースである。このデータベースは、洗礼記録baptismal recordsから抽出されたデータである。洗礼記録は人口に与えたペストの影響の証拠として新たな統計証拠を提供するものとして利用される。データベースは、北部イタリアの洗礼と埋葬に関する記録(洗礼に関しては、当該エリアの全人口の9-12%に相当するサンプル)を基に作成された。著者によれば、「統計の時代」や戸籍登録制度(導入は19世紀初頭か)以前の時代では、教区単位で残された洗礼記録が最も重要な資料である。この記録が義務付けられるのは1563年に終了するトリエント公会議であるが、洗礼記録に関してはそれ以前から(場合によっては14世紀から)入手が可能だという。死者の数を直接示す埋葬記録は、16世紀にはまだ記録されること自体がまれで(1613年にカトリック全教区に埋葬記録を義務付けたRituale Romanum(ローマ儀礼か)以前、埋葬に関して完全なデータの入手は不可能)、洗礼記録を補完する資料として利用されている。そのほか文書館の資料(イヴレーア及びノナントラの例など)を利用している。なお中部、南部イタリアに関して、著者は体系的情報を集めていない。

著者が本書の試みを通じて導き出す主張の一つが、戦争、飢饉、疫病という複合的な大災害の影響が、地方と都市、山間部と低地、北部と南部において、大きく異なっていることである。簡潔にいえば、それは低地、平野部、特にポー平原(パターナ平原ともいう、イタリア屈指の肥沃な地、農業地帯)に甚大な影響を及ぼしたのに対し、山間部、アペニン山脈(半島を縦貫する山脈)にはそれほど大きな影響を与えなかったということである。この相違が人口移動のパターンや経済活動に影響を及ぼすことになった。またノナントーラという町を事例としたミクロな分析を行っている。モデナ近郊のこの町は「標準的な」サイズで、ここをサンプルとして人口減少に及ぼした甚大な影響と、そこから急速に回復する町の能力について研究している。こうした分析を通じて、戦争、飢饉、疫病の影響が、いかに地域や都市によって異なっているかを解明し、ひいては16世紀の災難がイタリアの諸地域の間に富と人口の再分配機能を期せずして果たしたことを主張する。

ある書評で評者が述べるように、本書は、地理的、地域的差異に着目し、その影響の程度が甚大であった地域とそうでなかった地域を峻別することを解明することによって、「災難」がイタリア半島に与えた壊滅的影響を一様に強調してきた先行研究(カルロ・チッポラなど)を批判するものである。

 

なお要約の作成にあたって、次の書評を活用した。

William Caferro (Vanderbilt University.), EH.Net review (October 2014).

https://eh.net/book_reviews/calamities-and-the-economy-in-renaissance-italy-the-grand-tour-of-the-horsemen-of-the-apocalypse/

 

※補足情報

本書(2013年)刊行後、2019年にAlfaniThe Economic History Reviewで以下の論文を発表。”Plague and long-term development: the lasting effects of the 1629-30 epidemic on the Italian cities”https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/ehr.12652

p. 1178Figure 1で著者は近世イタリア(1575-1657)における主なペストの影響を図示している。影響を受けた都市とそうでない都市の印のみで、死者数等の数値はなし。


河合竜太


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