パンデミックのグローバル史研究文献紹介6:


L. Engelmann, J. Henderson and Ch. Lynteris (eds.), Plague and the City: The Body in the City, Routledge, 2019.

 

本論文集は、疫病の流行についての言説および実際に採用された感染対策において、いかにして疫病と都市が結びつけられるようになったかを問う。具体的には、政府と専門家集団が、何世紀にもわたり、都市における感染発生を防ぐためにどのような対策を採用しようとしてきたか、またそうした彼らの意図にもかかわらず感染が拡大したとき、その影響をどのように鎮めようとしたかを検討する。また、「見えない敵」であると考えられてきた疫病の可視化にも注目し、疫病にまつわる表象の問題にも焦点をあてる。本書は序章と7編の論文によって構成される。各論文が対象とする時期は中世から近現代の植民地支配期にわたり、地理的範囲はヨーロッパ、アジア、アフリカ、太平洋をカバーする。歴史学のみならず視覚研究や人類学などの分野横断的アプローチが採用されている。

1章は、中世イングランドにおける食肉処理にたいする規制を取り上げる。疫病の原因が科学的に明らかにされていなかった時代にあって、食肉処理は空気を汚染し、疫病の源となる有害な気体を生じさせると考えられていた。そのため、疫病対策の一環として、この生業は都市中心部から追いやられることになった。それぞれ近世ロンドンとフィレンツェを扱う第2章・第3章は、当時の言説のなかで、悪臭や不潔さが、疫病を生み出す「見えない敵」として、貧者やその生活様式を含めた都市環境の問題と結びつけられていく過程を跡づける。これらの論考は、世俗権力と民衆の双方が、都市を清潔に保ち疫病を駆逐するために、従来考えられてきたよりもはるかに積極的に、さまざまなイニシアチブを発揮していたことを明らかにする。

 後半の第4章から第7章は、近代における疫病の表象の次元を扱う。19世紀香港(第4章)、英領インドのボンベイ(第5章)、1920世紀転換期ホノルル(第6章)、仏保護領モロッコ(第7章)を対象とした各章はいずれも、疫病の表象における都市の役割の重要性を強調する。これらの論考において考察される、西欧人の手になる写真や地図は、疫病が蔓延する地域の「現実」を表す「中立的」なメディアというよりもむしろ、都市環境と疫病との関係についてのイメージを創りあげ、それに特定の意味を付与するものとして位置づけられる。中近世における疫病にまつわる図像との相違点として顕著なのは、疫病の感染者そのものではなく、住居および生活環境に主眼がおかれ、それらと疫病との関連づけがなされた点である。各章における分析は、しばしば近代性・文明性と結びつけて語られがちである公衆衛生史における、継続と断絶の二項対立に疑義を呈する。

時間的・空間的に多岐にわたるさまざまな対象を含めた本論文集に通底するのは、疫病の複雑な社会的・知的環境としての都市空間である。この疫病の都市史においては、悪臭・不潔さ・居住環境・貧困といった共通のモチーフが、いかに疫病の都市的性格を形づくってきたか、そして疫病をめぐる言説や表象をとおして、それがいかに人々の疫病理解を規定してきたかを明らかにしている。

藤田風花

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